30歳台までの私の簡単な経歴ですが、

・大学は経済系の学部に入学し、体育会系の部活で、主将しながら、夜はバーテンのバイトとかして、学生生活を謳歌していました。

・就職は、当時の就職希望ランキング1位の大企業へ入り、

・入社後は、マーケティングや人事を担当しながら、同期のトップグループで昇進し、30代で管理職になり・・・


という感じで、まあ、傍観者としてみれば、文系大卒者のちょっとした成功ストーリーみたいです。
(実際は、仕事終わんなくて、徹夜したり、職場の床に段ボールを敷いて寝てたりとかですが・・)

とにかく、勉強嫌いの田舎者の私としては、それはそれは喜ばしい、誇らしい日々でした。

○ ○ ○

というのは、自分で思い込んでいた建前で・・・

自分でも無意識に封印していた本音を言えば、

○元々、歴史や考古学、心理学などに興味があり、大学で学んだり、研究するならそういったことをしたかったのですが、就職のしやすさや、大学の知名度などから、経済系を選んでいます・・・

○大企業に入ったのは、えらそうな理由を並べていましたが、完全にブランド志向で、やりたいことがわからなかったから、企業ブランドで選びました。


それでも、
大学は充実していたし、仕事も一生懸命やりましたし、出会った仲間や先輩方も素晴らしい方々でした。
悔いはなく、感謝の一言です。


ただし、私は人生の選択を間違えていました。


○ ○ ○

ただですよ・・・言い訳もしたいわけです。

一度も、

「本当にやりたいことは何?」と聞かれたことはありませんでしたし、

「本当にやりたいことを見い出して、そこにトライする価値があるよ」と言ってくれた人はいませんでしよ。


さらに、

本当にやりたいことの見出し方を学ぶ機会はありませんでしたし、

その実現の仕方を学んだり、訓練する機会もありませんでした。


私の視野が狭く、意識が低いのは自業自得なのですが、


・この偏差値なら、この大学くらいが入れる。
・将来考えるなら、こっちの学部の方が有利。
・この企業はよくない。
・この企業はおすすめ。


という話ばっかりでしたよ。


○ ○ ○

人生の選択における前提が間違った質問ばかりを受け続けてきたと思うんですよ。

普通に生きていると、

Q:どの学校がいいの?

Q:どの勉強がいいの?

Q:どの会社がいいの?

Q:どの仕事がいいの?

という質問を受けてきていませんか?


この質問の恐ろしいところは、一見、自由度溢れる質問なんですよ。
何を選んでも良いんでね。

ですが、よく考えると「選ぶこと」が前提になっています。

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何で、既にあるものだけで決めることになるのか?

どれも違う場合があるし、自分で創りたい場合もあるんです。


自分という存在は、人類史上、一度っきりのオリジナルな存在だから、関心や趣向が誰とも違うことが普通のはずなんです。


ですが、「選ばない」や「自分で創る」ということを世間は想定しない。

だから、例えば、学校に行かない人や仕事しない人はスポイルされやすく、自分でビジネスを興す人は奇特だと思われやすいわけです。


どれがいいか?という質問は、一定の自由を許しつつ、ルールを守らせるために有効な質問なのです。


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自由に選んでいる様で、実は制限された範囲で選ぼうとしていることが無いかどうか?

もっと、根本的に求めていることが無いかどうか?



自由に自分らしい人生の選択をしてもらい人に対する質問は、

「どの仕事にするの?」

ではなく、

「好きなことや興味あることは何?」
「そして、それを仕事として選んでも大丈夫。」
「もし、それが、まだ世に仕事として生まれていないなら、自分が仕事にしても大丈夫。」


みたいなことかも知れません。

私は、そんなことを子供に言ってあげたいなと思っていますし、自分にもそう問いかけ続けようと思っています。

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