たまにはつぶやこう。

才能溢れる人、個性的な人が大好きで、その方の話を聞いたり、才能の発揮をサポートして、世界をよりよく変えていく姿をみるのがとても楽しい。

才能や個性を発揮しようとすればするほど、自分が先頭に立って、前には誰も見えない(孤独に思える)道を進むことになる。

そういう人は、大勢とは違うので、時にはバカにされたり、無謀と心配されたり、変な人に思われたりもする。

が、その大勢は、誰かのフォロワーだったり、サポーターなので、時が経てば、今度は自分の後ろを付いてきてくれるかもしれないので、あまり心配しなくてもいい。

先頭に立つ人は、最初どうやったって大勢とは離れるのを覚悟するしかない。
周りの承認や安心を期待してはいけない。

極論を言えば、そこには、〜メソッドも、〜道も、〜先生も、〜師匠も既におらず、それは過去のものとなっていて、誰かや何かに判断基準を求めてはいけない。進路を決めるのも、進度を決めるのも、一人きりだ。

だから、この最大限に楽しくて不安な旅に、もっておくといいなと思うのが、
己(主観的事実)と科学(客観的事実)だ。
・己:自分の意思や体感
・科学:主観が入らず、誰が扱ってもそうだと言える社会や自然界の原理と構造。

自分が弱っている時、科学を知っていれば、客観的事実を拠り所に進んでいける。
何も手がかりがなく、どうしていいかわからない時、己があれば、直感を拠り所に進んでいける。

この人を信じれば大丈夫とか、このやり方をすれば大丈夫。
という方法は、自分だけの道では通用しない。

私がOKなのかNOなのか?、このやり方でだめならあのやり方ができるな。
という方法を、試行と失敗を繰り返し編み出して進むしかない。

先頭に立つ者は、

誰からも魚はもらえないし、
よく釣れる釣り場を教えてもらっていたり、ある種類の魚の釣り方を教えてもらっていても、それは他人の漁場の話な訳で。

私の人生という未知の旅では、誰も知らない漁場を探して、そこにいる未知の魚の釣り方や食べ方を自分で探していくしかない。

それが楽しいし、それを見つけることができれば、新しい価値として、腹を空かせている皆に提供できて、喜んでもらえる。

かつて、自分が親や先生、お師匠さんから、そうしてもらった様に。

今度は自分がそれを行う番。