我ながら、何をやっているのか?という方向へドンドン展開していっています。

直感講座、ヒーリング講座、エネルギーワーク、チャネリング・・・


一言でいえば、
「スピリチュアル方面まっしぐら」

なんですが、

「神や精霊任せにせず、自身が実生活を豊かにするためのリアル・スピリチュアル」

という、魔法や救いを求める風潮が強い業界においては、まるでウケが悪い(?)分野に突き進んでいます。

・自分が持つ直感力というものに気づいて、どう実生活に生かしていくか?
・ヒーリングという誰もがもつスピリチュアルな力を引き出し、自分や周りの人を元気する。
・チャネリングという見えない力とつながりを思い出し、自然や宇宙と調和のとれた状態になる。
・エネルギーという人間の最も深い原動力を高め、漲った本来の自分となり、自分や人生を豊かにする。

まあ、ラッキーも幸せも舞い込んではきません。
元々ある力を思い出し、引き出していくだけです。
引き出された力を生かすことで、新しかったり予想を超える仕事の成果や人間関係などを得ることはあるでしょうが、それは自分次第です。


一方で、お手軽で夢の様な話をするスピリチュアルがあります。


・ここに行けば、収入が上がります。

・これを買えば、いい人に出会えます。

・これを唱えれば、仕事が上手くいきます。



「はあっ??」


金儲けやパートナーシップ円満みたいな事柄は、

目の前の仕事を一生懸命やればいいし、嫌なら貧乏覚悟で辞めろ。と思うし、
目の前の人と問題に向き合うか、話合いが持てないなら決裂するつもりでいけ。

と思うのです。

それを、地道に積み重ねてもいないスキルで派手な出で立ちや煽りだけで、いきなり法外な収入を得ようとしたり、お互い様の人間関係において、自分が抱えている問題を見ようとせず、相手や状況を変えることばかりに関心を向け、何かを願ったりすがったりしているのは、可能性がゼロとは言いませんが、かなり無理がある様に思うのです。

いずれにしろ、そういう自己都合で得た利益は、誰かから奪った利益でしかないので長続きはしません。
どこかで破綻します。

まれに、焼き畑農業みたいに、土地土地の栄養を奪いながら利益を得て、転々としている人に出会いますが、それで本人はいいんかな?と気の毒な気持ちになります。


自分の領分と神様の領分があると思うのです。
神様とは、主従ではなく家族やパートナーの関係なのですから、お互いに助け合うことはできますが、依存する関係ではないと思うのです。

自分の人生は自分で責任を持って舵取りするのが筋だと思う訳です。

助言やアドバイス、チャンスをサポートしてもらっても、それをどう扱うのか、どう生かすのか?は、自分に委ねられていると思うのです。

それを自分で決められず、自分のことを誰かに明け渡してしまうのは奴隷です。


自分が親だとして、子に何を願うか?

安心安全に過ごして欲しいと思うでしょう。

そして、

その子がやりたいことをやりたい様に思いっきりしてほしいと思うでしょう。

そこには、失敗も成功も含まれるでしょうし、親の言うことをただ聞くのではなく、自分の意思で自分の判断で、自分の責任で進んで欲しいと願うでしょう。

そうしていくことが、充実した人生につながると親は知っているからです。

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話は戻って。

「神様、収入を上げてください!」

「神様、理想のパートナーと出会わせてください。」
 ↑
これっ。

自分が親だとして、子にそう言われたらどう感じるか?です。

子を一人の自立した存在として見ているならば、お小遣いはあげないですよね。
飢えているなら食べさせますが、子に自分で生きていける力があるのを知っているのなら、
あなたに向いていそうなこんな仕事があるよ。とかはアドバイスするかもしれませんが、自分のことは自分でやってね。と思って、そっと見守りますよね。


自分に合ったパートナーに出会えないと子が言ってきたなら、一人の自立した存在として見ているなら、本人の代わりに探したりしないですよね。
「素直に自分の個性を表現したら、それを気に入る相手がいるよ。」といった気付きを与えるかもしれませんが、本人が相手と出会うまで、そっと見守りますよね。


自分の人生事を神様任せにするということは、要は、他人任せにするということです。

自立できない甘えた子供として、自己決定の権利を放棄するということです。

・ここに行けば、収入が上がります。

・これを買えば、いい人に出会えます。

・これを唱えれば、仕事が上手くいきます。

そんなスピリチュアル。

チャンスをどう生かすかは、自分次第でしょう。
結果を神様任せにするのは、どうなんでしょう?

私は気持ちよくありません。